
オリビエ・パニスは今日最後のテストを行い、12年に及んだF1キャリアに終止符を打つことになる。パニスは2004年末にレースから引退したが、その後もトヨタの開発プログラムの支援を行っていた。40歳になったパニスは今年9月に引退を表明し、彼はF1から離れたところで自身のキャリアを思い出すことを楽しみにしている。
「トヨタは大きな進歩を果たし、その一部に加われたことを嬉しく思うよ」と、パニスは語った。「チームはいつもモチベーションが高く、今も同じだ。チーム全員のしてくれた仕事にとても満足しているから、一緒に働いた人々が恋しくなるだろう。今が辞めるべき時だということはわかっているし、再びレースがしたいという希望は満たされているよ。F1を離れて新しいレースにチャレンジすることを楽しみにしているけれど、トヨタの活躍には目を向け続けるし、彼らが成功することを祈っているよ」
パニスは158回のグランプリに出場し、優勝1回、表彰台5回、計76ポイントを獲得した。
彼は国際F3000選手権を制し、その翌年の1994年にリジェチームからF1デビューを果たした。デビューシーズンのホッケンハイムで2位表彰台を獲得したが、彼のキャリアのハイライトは1996年のモンテカルロであることは間違いない。その時もリジェのドライバーだったパニスは、14番グリッドからレースをスタートさせるもトップチェッカーを受けたのだ。レースが混沌としてリタイアが続出したことは認めざるをえないが、パニスは自分よりも優れたマシンに乗っているデビッド・クルサードやジョニー・ハーバートらと争った。
パニスは1996年までリジェチームに在籍し、その年の末にチームはプロストF1として生まれ変わった。彼はその後もアラン・プロストのチームに残ったが、1997年のモントリオールで両足を骨折する悪夢に襲われる。彼は翌シーズンにレースができるまで回復し、1999年末にはリスクを冒してマクラーレンのテストドライバーになることを決意する。このギャンブルが功を奏し、彼は本来のスピードを向上させ、BARホンダのドライバーの座をつかんだ。2001年と2002年シーズンは同チームでレースをし、翌シーズンからはトヨタに移籍した。2004年末にレースから引退することを決め、F1で成功を収めた最後のフランス人ドライバーとなった。
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