
元FIA会長のジャンマリー・バレストルが、金曜日に86歳で亡くなった。フランス人のバレストルは、1986年からFIA会長を務め、1991年に現在のマックス・モズレーがその後を継いだ。
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| エクレストン vs. バレストル |
バレストルは、1980年から1982年に起こった「FISA---FOCA戦争」と呼ばれる、F1世界選手権の財政と支配をめぐる政治的争いに深く関わっていた。バレストルと彼の政敵であったバーニー・エクレストンは、エンツォ・フェラーリの仲介によって和解した。バレストルは最初のコンコルド協定に署名したが、これによりFOCAはF1の商業権を獲得し、一方のFIAはF1のすべての競技規約と技術規約を支配することとなった。
バレストルはF1カーに詳細なクラッシュテストの規定を作り上げたことで知られており、この競技における安全性を飛躍的に向上させた。彼はまた、1989年に自然吸気エンジンへの転換を発案し、こうしたことが安全上の理由で必須なのだと主張した。しかし、バレストルはその力を必要以上に行使したことで非難も浴びている。1989年に鈴鹿でアイルトン・セナとアラン・プロストが接触した際には、セナがレースを失格になり、罰金を課された上に出場停止となったため、バレストルがプロストに肩入れしてチャンピオンシップを操作していると「オートスポーツ」誌が糾弾した。これをきかけに、最終的にはマックス・モズレーがFISAの会長に立候補することとなった。しかし、1990年にセナが同じ鈴鹿で故意にプロストに接触したときには、バレストルは介入せず、彼に懲罰を与えなかった。
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